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ラテン語にまつわる情報を集めました。

2000年ドイツの旅(1)初めに&コブレンツ
旅行者:4nobuさん
旅行期間:2000/05/27~2000/05/27
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まえがき

ずいぶん昔2000年のドイツ旅行のアルバムを書き始めます。古いネガフイルムを取り出してスキャンし、メモを見ながら思い出しての記事ですので今とは違っていることもあるかも知れません。

退職後、周辺のいろんなことが片付いたのでドイツを約一月放浪した。在職中に会社および学会の関係で何回もドイツを訪れたが、当然観光は休日など少ない時間の合間に慌しくするだけだった。いつか時間ができたら一番身近に感じるドイツをゆっくりと観光したいと機会を待っていたのが今回実現した。
しかしゆっくりした観光といってもドイツは広い。まず浅くても広くと主な観光地をぐるっと周ることにした。ルートではすでに行ったところは外したが、ルート上にあるとかもう一度行きたくなったところは訪れた。
今回のルートとこれまでに行ったところを添付の地図に記入したがまだまだ行ってないところが多い。特に旧東独は主要なところすらまだ行き残している。

5月27日成田からコブレンツへ
機内で:
今回は珍しくルフトハンザ。やはりドイツ人が多い。ドイツ人は他国人に比べて自国のフライトに乗る傾向が強いと思う。
第二ターミナルからなので飛び立つまでに時間がかかったせいだろうか、ブランケットを配るまでにずいぶんと時間がかかり冷え冷え。寒さに強い隣席のドイツ婦人もセーターを出していた。
食事に当時の外国航空機会社に珍しくそばが出る。ANAとの提携効果だろうか。隣の婦人はそばに汁をかけてスパゲッティのように食べている。やはり音を出さないという食事の大前提があるからだろうか。
コブレンツの歴史:
コブランツはラテン語で合流点の意のコンフルエンティアに由来して、その通りにラインとモーゼル河の合流するところ。古来交通と軍事の要衝で2000年の昔からローマ人がここにライン防衛の要塞を築いていた。中世にはモーゼル河流域と同じくトリアー司教の支配下にあってその出城もあった。またフランス革命後にはフランス領になったり、更にウイーン会議でプロイセンの所属となりドイツ領が確立する。
このように歴史的に古い都市なので古都の面影を期待したが第2次大戦の戦火が大きくて残念ながら・・・。
コブレンツの第一日:旧市街メッテルニヒハウス近くの予約したホテルまでタクシーで行く。旧市街にあるホテルのほうが徒歩の観光にいいかと思ってがホテルが少ない。ようやく予約できたホテルは行ってみると値段の割りに設備がプアーな高窓だけの地下室のような部屋でがっかり。
ホテルに荷物を置いて早速ドイチェス・エック周辺の観光に出かける。ロマネスク風の教会が3つもありさすが歴史のある街で旧市街に泊るのは正解だった。
ホテルの主人がホテル前のレストランに行けばビールが1杯無料だとしつこい。宿が期待はずれだった反発と、ちょうど旬のアスパラが食べたいので言葉を濁しているとなんと3回も勧誘される。結局、他の店で七面鳥ステーキとアスパラを食べる。
トリアーでレンタカーを借りモーゼル流域をドライブしてここコブレンツで車を返す予定だ。レンターカー会社に位置が定かでなかったので聞くとずい分郊外のようだ。厳しいなー

写真はドイッチェス・エック

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